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zoom RSS 【贈り物語り】 トマソンと少年

<<   作成日時 : 2008/07/19 12:40   >>

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このお話は日韓W杯の時のデンマークと
そのキャンプ地となった和歌山県民の交流の物語です。
「皐月パパ」さんという新聞記者が、プライベートのサイトに「転載自由」として書いた記事を参考に、
少々アレンジして贈らせて頂きます。




「デンマーク」という国に、どんなイメージがあるでしょうか?

ヨーロッパのどこかに位置していて、背が高い人たちがいて、・・・・・

正直、どんな国なのか全然わからないという人が、多いのではないでしょうか。


それは大半の和歌山県民にとっても同じことでした。

和歌山の街中ではこんな会話が交わされたそうです。

「今度のワールドカップでデンマークって国が来るらしいけど知ってた?」

「うん、知ってるけど・・・誰か有名な人おるの?
イングランドのベッカムとかイタリアの男前集団みたいに有名な人おるの?」

「うーん、知らん。だけどワールドカップ出るくらいなんやったら、
せっかくだし一度は練習見に行こっか?」


デンマークの練習を見に訪れた人は『この手の会話』がきっかけとなった人たちばかりでした。

最初の見学者は数百人程度でしたが、この数が日に日に増えていきました。

何故かというと、ワールドカップ出場国の練習は通常、非公式、非公開なのですが、

デンマークは練習初日から全ての練習を公開していたのです。

(イングランド、イタリア、スペイン、ブラジルといった強豪国はほとんど非公開でした)

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さらに練習後には見学に来ていた地元サッカー少年たちを招きいれ

一緒にミニサッカーを行ったりもしました。

この評判を聞きつけ、

「デンマークはむちゃくちゃフレンドリーで気さくな人たちばかりやで!」

という口コミも広がり、見学に訪れる人が徐々に増えていきました。

初日はわずか数百人だった見学者が翌日には2000人 、その翌日には2500人、

そのまた翌日には3000人と増えていきました。


練習後には選手達も気軽にサインに応え、

監督もサッカー少年たちを招きいれ、指導したりもしました。


ある記者が監督に、

「他国は練習を公開しないで試合に備えていますけど、デンマークはこれでいいのですか?」

と聞いたところ、オルセン監督はこう答えました。

「我々の強さは練習を秘密にしたところで変わりはしない。
絶対的な自信をもって試合にのぞむだけだ。
何より、キャンプ地を提供してくれた和歌山の人たちが喜んでくれることをどんどんすべきだ…。
試合も大事だが、この交流も大事にしたいと選手全員言っている。」


オルセン監督、この発言だけでもできた人間だと伺えますが、他にもこんなエピソードがあります。

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ホテル入り初日のこと、デンマークチームの歓迎セレモニーが終わり、

宿泊先のホテル支配人とコック長が監督の部屋へ挨拶に行きました。

実はホテル側には『心配のタネ』がありました。


食事の問題です。

もちろんホテル側も選手たちには万全の状態で試合に臨んでほしく、

食事が口に合わない…それが原因で負けた、ということだけは避けたかったのです。


事前に他国の宿泊先ホテルに尋ねてみると、食事でかなりもめたということを聞いており、

「口に合わない」「母国の材料で調理してくれ!」といった文句を言われたそうです。


デンマークが宿泊したホテルの支配人は通訳を介し、監督に尋ねました。

「食事で何かご要望とかはございますか?」

するとオルセン監督はこう答えました。

「一切お任せします。そちらが用意される料理を我々はご馳走になります。」

この言葉に驚いた支配人とコック長、

「あの…他国の宿泊するホテルに聞いたところ、
食事はやはり母国のもののほうが好まれるということでしたので…」

このコック長の言葉に、オルセン監督はこう言いました。

「他国は他国、我々は我々です」


監督のこの一言に、感激して「分かりました!こちらこそよろしくお願いします」とコック長は答えました。

続けて「和歌山で有名な食材は何ですか?」と監督が聞くと、

質問の真意がわからずともコック長は答えました。

「和歌山では魚が有名です、カツオという魚が特に有名です」

するとオルセン監督は微笑みながらコック長に言いました。

「それでは、そのおいしいカツオを我々に食べさせてください。
あなたが腕をふるって、おいしいカツオを選手たちに食べさせてやってください。」

この言葉にコック長は大変感激しました…。


最初の食事を迎えた時、ある選手が通訳に

「デンマークでは食事するとき神への祈りをするけれど、
日本では食事する前に何をしますか?」と聞きました。


デンマークは国民の9割がプロテスタントで、普通、神への祈りを終えてから食事を始めます。


この選手は日本ではお祈りの代わりに何かするのか?と聞きたかったのです。


「日本では、通常は手を合わせて『いただきます』と言ってから食べます」

すると選手は「こうやるの?」と通訳に聞きつつ、手を顔の前で合わせ、

そして彼はそのまま、コック長の方へ向き、頭を下げました。

それを見ていた他の選手たちも彼にならい、手を顔の前で合わせました。


この時から、食事のたびに選手たちは手を合わせるようになりました。


コック長は言った。

「今は日本人でも『いただきます』『ごちそうさま』を言えないヤツが多いのに、
外国の人にあんなことされたらね!!むちゃくちゃ嬉しかったですよ」


この最初に手を合わせた選手の名前をトマソンといいます。

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あの小野伸二選手と同じオランダ・フェイエノールトに所属していた選手で、

大会では4得点をあげ、デンマークを決勝トーナメントに進出させた立役者です。


トマソン選手にまつわる話があります。

それはある握手会でのことでした。

デンマークというチームは前述したように練習を公開し、

和歌山県民との交流を積極的に行っていました。

練習後は地元サッカー少年たちとミニサッカーを行い、握手会、サイン会もたびたび行いました。

県民も気さくなデンマークの選手たちをすぐに好きになりました。


あの日も、いつものごとくサイン会が行われ、

選手たちのサインを求め長蛇の列が出来上がっていました。

その最中のことです。


トマソン選手の前に一人の少年が立ちつくしていました。

少年は少しモジモジしながら、後ろに立っていた母親らしき人が彼を促していました。

「ほら、早くしなさい。」


トマソン選手も少し「変だな」と思ったのでしょう、通訳を通じ「どうしたの?」と少年に尋ねました。


意を決した少年は、ポケットから一枚の紙切れを出し、トマソン選手に渡しました。

それは学校の英語の先生に書いてもらったもので、英語で書いたその紙切れにはこう書いてありました。


「ボクは小さい頃に病気にかかって口と耳が不自由です。耳は聞こえません、話せません。
だけどサッカーだけはずっと見てきました。大好きです。
デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです。 頑張ってください。」


その手紙に通訳も、その場にいた記者も驚きました。

そのときトマソン選手はニッコリと微笑み、少年に

「それなら君は、手話はできますか?」と…手話で語りかけたのです!


その『言葉』に少年と母親は驚きました!


もう一度トマソンは手話で

「手話はわかりませんか?」と尋ねました。


それを見ていたある記者が「ミスタートマソン、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と教えました。

手話は国によって違う。日本国内でも地方によって違うことがあります。

トマソン選手は「そうだったのか・・・」という顔をして、通訳に言いました。


「ボクは彼と紙で文字を通して話をしたいのですが、手伝ってくれませんか」


また「列の後ろの人たちにも、「少年と話す時間をボクにください」と言っておいてください」と頼みました。


そして通訳を介し、少年とトマソン選手の『会話』が始まったのです。


「君はサッカーが好きですか?」


「はい。大好きです!」


「そうですか。デンマークを応援してくださいね。」


「はい。 あの…聞いていいですか?」


「いいですよ。何でも聞いてください。」


「トマソン選手はどうして手話ができるんですか?正直、ビックリしました。」


「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます。その姉のためにボクは手話を覚えたんですよ。」


その彼の言葉をじっくりと読む少年…。

そしてトマソン選手は少年に言いました。


「君の試練は、君にとって辛いことだと思いますが、
君と同じようにあなたの家族もその試練を共有しています。
君は一人ぼっちじゃないという事を知っててください。


この言葉に少年は黙ってうなずき、


「誰にも辛いことはあります。君にもボクにも。そして君のお母さんにも辛いことはあります。
それを乗り越える勇気を持ってください。」


このやり取りに少年の母親は涙が止まりませんでした…。

この光景を見ていた通訳、記者やその場にいた人たち皆が涙していました。


そしてトマソンは最後に少年にこう言いました。


「ボクは今大会で1点は必ず獲ります。その姿を見て、
君がこれからの人生を頑張れるようにボクは祈っています。」

この言葉に、少年は笑顔を浮かべ、


「はい!応援します!!頑張ってください…」
そしてサインをもらい、その場をあとしました。


少年の母親は「あんなことされたらデンマークを応援しないわけにはいかないですよ。

日本と試合することになっても、私らはデンマークを応援しますよ。」と泣きながら言いました。



そしてトマソン選手は少年との約束を守り、得点を決めた。

1点どころか、彼は4得点という大活躍でした。

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和歌山県民は、会場に応援に行った。


試合が韓国であろうとも彼らは応援に駆けつけた。


オルセン監督は言いました。

「試合会場が韓国であっても、和歌山の応援はわかった。あれが我々の力になった」と…


和歌山県民の応援も実ったのか、

前回優勝のフランスと同じA組ながらデンマークは2勝1分け、

見事1位通過を決めたのでした。

そして、むかえた決勝トーナメント1回戦。場所は新潟スタジアム、相手はイングランドでした。


スタンドからは「ベッカム!!」という声が至るところから響いていました。


「ベッカムがなんぼのもんじゃ!頼むぞ!デンマーク」と和歌山県民は叫びました。


でも、この応援も届かず、デンマークはイングランドに0−3という予想外のスコアで敗れてしまいました。


その日の和歌山県には雨が降ったといいます。県民の涙雨だったのかもしれません…

負けはしたが、和歌山県民はデンマークというチームを誇りに思っていました。

「よく頑張った!」「後は快く母国に帰ってもらおう!」という言葉が彼らの合言葉になりました。


『デンマークお疲れさま会』なるものが宿泊先のホテルによって開催されました。

会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけ、

その催しに選手もオルセン監督も感激しました。


トマソン選手ももちろんその場にいました。

そしてトマソン選手はその場であの少年を見つけました。

少年と母親もその会に出席していたのです。


トマソン選手は少年に『紙』で語りかけました。

「せっかく応援してくれたのに負けてゴメンね」と。


「お疲れ様でした。負けたけどカッコよかったです。
それに約束どおり点獲ってくれたから、ボクは嬉しかったです」


「ありがとう。
…ボクから君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いてください」


「はい」


「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている。それは神様が決めたことであり、
今からは変えられない。ボクが言いたいことわかりますか?」


「はい」


「神様は君に試練を与えたけど、君にも必ずゴールを決めるチャンスを神様はくれるはずです。
そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めてください!」


この言葉に、少年は「はい!!」と満面の笑顔でトマソンに伝えました。


そして、二人は・・・・


「さようなら」


「頑張って」


という言葉を残し、彼らは別れを告げた。


最後に2人は、仲良く飛びきりの笑顔を浮かべて写真におさまりました。


写真は少年の宝物になることでしょう…。


この体験が少年の良き転機になることを私は祈らずにいられません。


少年と心優しきトマソンに

これからも栄光あれ…

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