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津和野で甚三郎らが拷問にあっている間、浦上の方ではキリシタンたちは 公然と大浦天主堂でミサを捧げ、流されて牢に入っている人々のために またいつか自分たちが捕らえられたとき、その迫害に耐える力を与えてくださるようにと祈り続けていました。 このような状態を政府が黙っているはずがありません。 1870年政府は浦上全村民、婦人子供までを流罪同様、各藩に送り、 津和野には125名が送られました。その中には甚三郎の姉マツ、弟祐次郎らがいました。 津和野藩は新しい牢を作り、仙右衛門、甚三郎らを新牢に移し、125名を以前の牢に入れようと考えました。 それを知った甚三郎は、きっと役人たちは「前の者は皆、改心した」と言うにちがいないと思い、 竹をかみくだき、それを筆の代わりにし、かわらのかけらにつばを落とし、消し炭をすって墨をつくり、 ちり紙に「先の者12名は改心せず新牢に残っています、皆さんも改心せずに頑張ってください」と書いて 便所の中に置いておきました。 125名が到着するや、説得と飢餓が始まりました。 そして、甚三郎の予想どおり、役人たちは「今は皆、改心し、幸福に暮らしている」といいました。 それを聞いて一同、落胆したのですが、マツが甚三郎の書き置きを見つけ、皆、勇気を取り戻したのでした。 毎日一家族ずつ呼び出され、責められますが、誰も首をたてにふりません。 しかし、次第に身体が衰弱し、小さい子供は耐え切れず、3才の男の子が第一番目の犠牲者になりました。 その後も、虐待、また酷暑に、人々はあいついて倒れ、その都市の11月には計24名がなくなっていたのです。 役人たちが棄教を迫るのは、大人だけではなく、小さな子供にまでも及び、 ある日、役人は5才のモリちゃんを呼び出し、おいしそうなお菓子を見せ、 「キリシタンをやめればこれをあげるよ」 といいました。 お母さんは子供が棄教しないかと気が気でなく 小さな倉の中で一心に神に祈っていました。 そして、モリちゃんが帰ってくるのを待ちうけ、「役人は何といったの」とたずねました。 「『キリシタンをやめればこのおいしいお菓子をあげるよ』と言ったので、 『このお菓子をもらったら天国にいけない。それに天国にはお菓子でもなんでも素晴らしいものがあるよ』と言ったの」 とモリちゃんはお母さんに答えたのでした。 こんな小さな子でさえもけなげに信仰を守りとおしましたが、後に、モリちゃんも天国へ旅たつことになりました。 次々に人々が亡くなっていく中、中心人物である甚三郎は硬く信仰を守り続けていました。 役人は甚三郎を改心させるために、甚三郎の最愛の弟で、 身体の弱い14才の祐次郎を拷問にかけることに決めました。 この役に当たったのが森岡という役人でした。甚三郎と森岡は同じ年齢で、津和野の人々を改心させることが 森岡にとっては初めての仕事でもあり、必ず皆を改心させようと張り切っていました。 甚三郎の弟、祐次郎は裸で丸太の十字架に縛られ、一日中、木の上に置かれ、竹でつっつかれ 役人だけでなく、町の人々にまで竹で突っつかれたのです。 しかし、「イエス様の苦しみを僕は知っているよ」と言って祐次郎は懸命に耐えたのでした。 どんなに森岡が説得しても祐次郎は、一言「いや」と言うだけです。 こんな子供に負けたくない、と怒った森岡は、縁側の柱に祐次郎を裸で縛りつけ、 竹の上に座らせムチ打ったのです。 あまりの苦しさに思わず声を出して泣き、祐次郎が意識を失うと、そのたびに役人は頭から氷水を浴びせたのでした。 しかし、14日目、祐次郎の身体は黒く変色し、危険な状態に陥りました。 そのとき、森岡はあまりの残忍さに自分自身が嫌になり、姉のマツに看病するようにと命じました。 冷え切っている祐次郎の身体をマツが懸命に抱きしめ暖めると、祐次郎は意識を取り戻し マツが泣きながら「大変だったね」と慰めると、彼はこう言いました。 「ムチで打たれたとき、声を出して悪かったね。八日目には耐え切れなくなって一生懸命祈っていると、 屋根の上に小すずめがいるのを見ました。親すずめが小すずめにめし粒を口に入れてやるのを見て、 イエス様とマリア様を思い出したのです。すずめでも我が子を大切に養っている。ましてやこの縁側で 私が責められているのを見て、神様が愛してくださらないはずがない。 このまま死んだら天国できっとご褒美がいただけると思ったら、勇気が出て 痛みがなくなり、耐え忍ぶことができました。」 そして、雄雄しく美しい最後を遂げたのでした。 一方、外国の宣教師たちはたびたびキリシタン迫害について明治政府に抗議を申し込んでいましたが、 1871年イギリスの公使の耳に入り、調査の末、キリシタン虐待の事実が明るみになったのです。 そしてとうとうキリシタン待遇の大改革が行われたのでした。 しかし、津和野での、苦しい、拷問の5年間は長く、殉教者は小さな子供4名を含む、36名に達していました。 |
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